歌や演奏では、練習すると、考えなくてもパーツを動かせるようになります。

ここでは、演奏が身につく、動きを学習する過程を、簡単に説明します。

用語の説明は、音楽家のための神経学ー基礎知識にあります。

脳が学ぶ過程

神経のネットワークができる

脳の神経回路、ネットワークのでき方を見てみましょう。

私たちが何かを学ぶとき、脳の神経細胞にある突起が伸びて、他の神経細胞とつながります。

神経細胞(ニューロン)がシナプスでつながる
3個の神経細胞 ↓

神経細胞がつながって神経回路ができ、その働きのパターンを作ります。

繰り返すと、神経細胞の結合の数が減ってパターンを洗練していきます。

同時に活性化した神経細胞は、やがて決まったパターンを作ると考えられています。

 

これは乳幼児が立って歩き始める頃が最も盛んですが、今は60代以降でも、何か新しいことを学んで身につけることができることがわかっています。

これを脳の神経可塑性といいます。

変わりにくい

神経のパターンは、思考、運動、感情、行動など人のあらゆる場面で作られます。

一方で、脳にできた動きのプログラムは、変化させる可能性のあるニューロンを拒み、新しいパターンを作りにくくします。

例えば、日本人は「あ」を聞いて発音できますが、大人の多くは英語の[ə]や[ǽ]の音を聞き取れない、発音することができなくなります。

 

また、同時に活性化した脳の神経細胞は、決まったパターンを作るので、「同時に動作すること」を学んでしまう性質があります。

例えば、ギターで指板を見ながら弾く人は、視覚、顔の向き、指の動きがセットで学んでいるので、見ないと手が動きにくくなります。

体のクセや奏法が変わりにくいのは、このためです。

自動で動けるようになる

話せるようになるとき

楽器で初めは具体的な順序をいちいち考えますが、練習すると考えなくても動かせます。

演奏を身につけることを、子供が話せるようになることに例えます。

話せるようになるには、口の運動、聴覚による音の認知、文法など、さまざまな働きの神経回路がつながることで、可能になります。

 

ある言葉の、口や舌の動き、呼気、声帯の震え方で、それを発声する運動の神経パターンができます。

その言葉のイントネーションや音を聞いてわかる、物を見てわかる、聴覚や視覚で認知できるようになります。

他の単語や文法の知識が備わっていきます。

このようにして、多くの神経パターンがつながっていき、話すための神経のつながり、話すプログラムができます。

さらに、目で文字を読めるようになり、文章を音読することもできます。

 

歌の場合、これらに、歌唱のための発声の運動、楽典の知識、情動面がプラスされます。

(ちなみに、失語症と失音楽症の症例分析から、言語的要素と音楽的要素は、別なものと考えられています)

演奏しやすくなる

楽器の演奏で、初めはゆっくり動きますが、練習によって半ば自動的に動くようになります。

体やパーツを動かして音を出し、皮膚感覚、体性感覚、聴覚、視覚など多くの感覚で動きを調整していきます。

あらゆる感覚と身体全ての運動が、脳のさまざまな領域に伝達し、統合、判断されながら、時々刻々と変化する感覚と運動を、お互いが自動調整しています。

 随意運動のコントロール>運動の調整

繰り返すことで、神経パターンが効率よくつながり洗練されていき、奏でるプログラムができて、パーツが半自動で動きます。

 

楽器に触れる指は、手、前腕、上腕、背中からの筋肉、すべてが連なって協調して作用し、身体で受け取るすべての感覚によって調整されていきます。

演奏では、聴覚による音の情報、譜面などからの視覚情報、手の運動など、多くの神経伝達が、同時に進むと考えられています。

 

音楽は、感情的、イメージ的なものを、身体運動によって音で表出するために必要な運動を指令して、動きながらあらゆる感覚で調整して演奏しています。

 

音楽は、音による情動の具象化で、演奏における重要な要素は「感性」です。

どんな響きが美しいのか、どんなリズムがふさわしいと感じるのかというところでしょう。

感性は、個人の好み、理解力、解釈によって左右されます。

音的な評価や人の感性は、現在の神経科学では説明することができません。

 

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